「子どもたちと一緒に9時就寝、3時起床で論文執筆」3人の子どもを育てながら社会言語学者となり、方言や若者言葉などの調査・研究を行なっている谷口ジョイさん。言語学者の視点で子育てをすると?方言を研究して残す意義って?子どもにも方言で話しかけた方がいい?お話を聞きました。
【2026年9-10月号掲載】
言い間違いもごっこ遊びも子育ては面白いことだらけ
子どもの言い間違いも、記録しておくと、言語学的にもとても面白いデータになります。
ただ、子どもと過ごすときはだいたいわちゃわちゃしているので、なかなかメモが取れず、我が子たちが幼い頃にもっと書き留めておけばよかった、と思っているのですが。
たとえば、よくある子どもの言い間違いに、「蚊にさされた」を「かににさされた」、「血が出た」を「ちががでた」と言ってしまうことがあります。
日本語には「蚊」や「血」といった1拍の単語は少ないですし、「鼻水が出た」を「鼻水出た」と言うように、助詞を省略することもよくあります。だから、子どもは「血が出たね」と言われたとき、「血」と「が」に分解せずに、この赤いものは「ちが」という名前だと理解してしまうんですね。
子どもが母語を覚える過程においては、インプットした言葉をそのままアウトプットしながら覚えていく、と思われがちです。しかし、実際には子どもはインプットした言葉から仮説を立てては、自分の中で統計を取り、その仮説を他の言葉に当てはめてみて、試行錯誤しながら覚えていくのです。これは、私たち言語学者がしていることと一緒で、「子どもは小さな言語学者」と言われるゆえんです。
SNSで「子どもとごっこ遊びをするのが苦痛」という投稿を見たことがありますが、ごっこ遊びも言語学的には面白いことだらけです。
ままごとでは、子どもが普段は使わないような、「赤ちゃん、お母さんだわよ、ミルクを飲みなさい」といった、ジェンダーを意識した役割語(主にフィクションで用いられる、話者の年齢や性別などの人物像を聴き手に思い起こさせる話し方)が出てきたりします。3~4歳くらいで役割語を理解している、というのは本当にすごいことです。
ぜひ面白がりながら、メモを取ったり動画に撮るなどしておくといいですよ。
誰でも母語で話す権利がある言語は道具ではなく世界観
日本国内の消滅の危機にある方言について話をすると、学生たちから「標準語があれば意思疎通には困らないし、別にいいのでは」と言われることがあります。
でも、そこで「じゃあ、世界で一番広く使われている言語は英語だから、英語に統一すればいいんじゃない?日本語はなくてもいいよね」というと、「それは困る、言いたいことが言えなくなる」と教室が騒然となります。誰もが、母語や母方言で話す権利を持っています。
日本語には英語には言い換えられない表現も多くあります。同じように、ある方言が失われたら、その方言にしかない表現は失われてしまいます。言語は、ただの意思疎通の道具ではなく、話者の世界観そのものなのです。
子どもには自分にとって自然な言語で話しかけて
生まれ育った土地から離れて子育てしている人も多いでしょう。そんなときも、親の母語で子どもと話した方が、親子のコミュニケーションや情緒的な結びつき、子どもの成長にとって良い影響があることがたくさんの研究でわかっています。「母語は日本語だけど、子どもの英語学習のために、親子間では英語で話す」という家庭もありますが、言語学者としてはあまりお勧めしていません。私は韓国語を第二言語として覚えましたが、もし韓国語だけで我が子に話しかけるとしたら大変で、伝えたいことを伝えられないでしょう。
親子で過ごせる期間は意外と短いです。気持ちを100%表現できた方がいいじゃないですか。方言の場合も同じです。自分にとって自然な言葉で、子どもに話しかけてあげてください。
今回お話を伺ったのは…
谷口ジョイさん
学術博士(東京大学)。静岡理工科大学情報学部教授。国立国語研究所共同プロジェクト研究員。専門は社会言語学。3児の母。アメリカ出身で、アメリカ人の父と日本人の母に幼少期より日本で育てられる。大学卒業後、日本語教員として国内、韓国、マレーシアで教えたのち、第2子妊娠中に32歳で大学院に進学。在学中に第3子を出産。子どもたちを連れての国際学会発表や留学などを経て、41歳で博士号を取得。静岡県北部の山間地、井川地域における危機方言の記録・保存・継承活動や、静岡全域での大規模な言語調査を行なっている。
ある言語学者の事件簿
ある言語学者が歩んできた道、それは多くの事件に満ちていた。方言研究者、3児の親、そして熱狂的プロ野球ファン。いくつもの顔をもつ著者が、学位取得、留学、就職、研究など、知られざる言語学者の実態と、言語学の奥深さを語る。谷口ジョイ著、くろしお出版。