ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。
【2026年5-6月号掲載】
サルが食べ物を誰かに分け与えることはない
皆さんは電車やバスに乗っていて、隣り合わせた知らない人からアメやお菓子を勧められたことはありませんか?
私は日本国内でも海外でも何度か経験があります。こんな風に家族だけでなく、見知らぬ人とも食べ物を分け合うのは、サルの中ではヒトにしか見られない行動です。
食べきれないほどたくさんの食べ物があっても、サルは他のサルに食べ物をあげることはありません。お母さんでさえ、自分の子に食べ物を分け与えることはありません。せいぜい子どもがお母さんの手から食べ物をとっても怒らない、だけです(小さな子ども以外の個体がそんなことをしたら、大げんかになります)。
農耕を始める前の私たちの祖先に近い形の生活を続けていると考えられている狩猟採集民の社会では、食べ物を分け合うことが「当たり前」です。狩猟採集生活では、毎日確実に食べ物が得られるわけではないので、仲間がとってきた食べ物は、みんなで分け合うルールが徹底されています。
驚くのは、このルールは大人だけでなく、子どもでも徹底していることです。
ルールとして徹底されている、というだけでなく、ヒトは食べ物を分かちあうことに喜びを感じ、一人で食べることに罪悪感を感じる、というとても変わった「サル」です。そしてこの感情は、私たちヒトに生まれつき備わっているのです。
「一緒に食事をする」は、ヒトとサルを分ける重要な特徴
私が娘を育てていて、最初に娘の中に「ヒトらしさ」を感じたのは、自分が食べていた離乳食を、私にくれたときでした。
子育て中の親にとっては当たり前の光景ですが、サルが他の個体に食べ物を分け与えることはほとんどない、と知っている私にとっては、「こんなに小さくても食べ物をあげられるなんて、やっぱりサルじゃなくてヒトなんだなぁ」と実感した瞬間でした。
その後にも、車で移動中に車内で娘にパンを食べさせていたら「はいどうぞ」と娘が夫と私にパンをさしだした様子を見て、「一緒に食べ物を食べたいなんてヒトらしいことを、こんな小さな頃からできるのか!」とちょっとびっくりしました。
皆さんも今度動物園でサルを見る機会があったら、よく見てみてください。サルは一斉に餌を食べているときも一頭、一頭バラバラで食べています(母子でも)。人間だったら、家族や仲の良い人同士で集まって食べますよね。
「(顔をつきあわせて)一緒に食事をする」というのは、人間とサルを分ける、とても重要な特徴の一つなのです。
お話を伺ったのは
久世 濃子さん
1976年生まれ。2005年に東京工業大学生命理工学研究科博士課程を修了。博士(理学)、NPO法人日本オランウータン・リサーチセンター理事。著書に『オランウータン~森の哲人は子育ての達人』、2021年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書『オランウータンに会いたい』など。二女の母。